きままに読書★
読んで思ったことを徒然に。ゆるーくまったり運営中。
「晴れ男の憂鬱 雨男の悦楽」水壬楓子 (ガッシュ文庫)
10年ぶりに再会した働き盛りの男たちの恋愛模様。
正直。
泉を自分の部署につけた志水サイドの理由が子供じみているし、何やら器は小さいし、
そもそも噂の内容だけで泉を責めた時点で、この男のどこがいいの?という気持ち満々だったわけですが。
その後の志水の行動が、というか、泉に対して口にした台詞がいちいちカッコよすぎてイメージが真逆に転換。
誕生日プレゼントの件が素敵すぎ。
相手の気持ちに疑念を抱いたことに対して、
謝るのは両方だという志水の言い分にも納得。
泉はちょっと疑心暗鬼になりすぎたね。
そんな不安は全部志水が腕の中で払拭してくれると思うわ。
志水と抱き合う前の泉にガーリックの効いたパスタを作って食べさせる藤近の可愛げのある意地の悪さが好き。
スピンはそんな藤近の物語。
とても楽しみ♪
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「進撃の巨人(29)」諫山創 (講談社コミックス)
終わりを願う者。
その先の未来を願う者。
誰かを守りたいと願う気持ち。
殺したいという気持ち。
ただ平穏を願う者だっているだろう。
「何のために戦うのか?」
明確に示すことができる者の方が少ない。
そして時代の流れは強い思いを持つ者に引きずられる。
だが。それは民意でも総意でもない。
息詰まる巨人同士の戦い。
暗雲しか見えない戦いの最中にあって、子どもたちの憎しみに対する連鎖の気づきと、
エレンの元に駈けつけようとする同期たちの結束が嬉しい。
冒頭で息を呑んだ彼が生きていてくれることを願いつつ。
(スカーフェイスでもカッコいいと思うの)
次巻を待つ。
例え誰が命を落としたとしても。
何らかの希望を抱けるエンドであることを願う。
「毎日晴天!5 花屋の二階で」菅野彰 (キャラ文庫)
自分の在り方に迷う時期や自問する時期は確かにあって。
究極は何で生きているのかって問いかけもした。
だけど、そんな時代をとっくの昔に通り過ぎてきた私は
明信や龍の揺らぎや迷いを「そういう時期もあるよね」と
客観的に眺めていたたはずなのに。
結果的に龍の言葉に胸が疼いてしまった。いくつだ……。
「過去の自分は変えられない。だけど、未来の自分は変えられる」
これは誰かの明言。
悔やむ気持ちは分からなくはないけど、
そんな過去を歩んでここに在る自分を受け入れてくれた人に出会えた奇跡を
幸いに思って欲しい。
極真空手。
私も体験入門に行って向いてないと悟ったクチ。
むしろ行くまえに気付けよ、ってくらい不向きなんだけど、
百聞は一見に如かずの言葉通り、
実際に体験することには大きな意味がある。
「夜哭烏 羽州ぼろ鳶組」今村翔吾 (祥伝社文庫)
公的な決まりごとは、時に火急の事態が起きた際には枷になる。
それを悪用した卑劣な者たちによる悪意に塗れた放火。
大切な家族の命か、市井の民の命か。
計るべきものではないはずのものを乗せられた天秤の狭間で苦悩する火消したち。
苦境を打破しようと立ち上がった男たちの漢気と覚悟に痺れ、
仲間を思う気持ちの深さに打たれる。
そして、火消しの家族の女たちの気概と覚悟もまたカッコいい。
才覚のある上に立つ者が慕われている組は、組織として立派に機能するし、とても魅力的。
ぼろ鳶に新しい仲間が加わって、これからの彼らの活躍が増々楽しみ。
「土左衛門」の言葉の由来。
知ってた気もするけど、改めて教えられて、なるほど!となりました。
今回も刺さったのは左門の言葉。
「惚れた男の命に張る。これのどこが安い」
こんなセリフを真顔で真摯に言い切ってしまう男たちの物語。
「毎日晴天!4 いそがないで」菅野彰 (キャラ文庫)
中編2篇。
前半は勇太と真弓。
今はどんなに好き合っていても先のことなんてわからない。
だけど、その未来を疑ってしまったら、一緒にいること自体が辛くなる。
だから信じるんだと思うんだよね。こうありたい未来を。
足りていなかった部分を言葉で補いあって手を繋いだ二人。
この子たちは揉めるたびに絆を深めていっている気がする。
後半は大河と秀……というよりも、大河の物語。
弟たちを守らなければ、親がいない分たくさんの愛情を分け与えねば、
と、必死で生きてきた大河が見失ってしまったもの。
皆が笑っていられるのは、彼らふんだんに与えたものがあるからなのだと。
伝わったよね?
兄離れも弟離れもまだまだだなぁ、と思うけど。
秀と勇太が加わることによって
帯刀家の兄弟たちも、そして秀と勇太も、
人として成長して行っている様が見て取れるのが嬉しい。
総勢6人一つ屋根の下。
このままずっと一緒にはいられない。
いずれ彼らはバラバラになっていく。だからこそ、今を大切に。
「火喰鳥 羽州ぼろ鳶組」今村翔吾 (祥伝社文庫)
弱さと強さを併せ持つのが人。
故に、一度気持ちが折れてしまっても、そこからもう一度立ち上がることができる。
一章ごとに増えていく仲間たち。
垣間見える彼らの人生。
岐路に立たされていたり、何かを抱えていたりする彼らは、
源吾に出会うことによって変わり、彼らに出会うことによって
火消しとして致命的な傷を負った源吾もまた変わる。
「人は何度でも立ち直れる」と叫んだ左門の言葉と、
源吾を支え続けた妻・深雪の情の深さにホロリとした。
業火に立ち向かう江戸の火消したちの物語。
ヤバイね。おもしろすぎ。
そして加賀鳶の勘九郎がが気になる私。
構成がとても親切。
江戸の火消しがなんたるものか、全く分からずに読み始めてもすんなりと理解できるように
しかも説明くさくなく示されている。
それにしても……あんなに燃えた町を再建するのにどのくらいの時間がかかるのかしら?
建材は必要な分、すぐに集められるものなの?
と抱いたクエスチョンはチラ見した次巻冒頭でしっかり記されていました。
はい。
既刊全部そろう日は遠くないかと……(笑)
「毎日晴天!3 子供の言い分」菅野彰 (キャラ文庫)
肉親の情愛とは著しく縁遠い他人同士が家族になった秀と勇太。
二人で寄り添いあって生きてきて、そして勇太が見失ってしまった距離感。
本来の家族の在り方に気付いたのは秀。
それを不意打ちで突きつけられ、
自らが突き放されたと感じた勇太の絶望と孤独が痛いけど、
人はそうやって大人になっていく。
一方、兄たちからの愛情を一身に受けて育ってきた真弓。
真弓の振り翳す容赦ないまっすぐな想いが勇太を在るべき家族の元へと引き戻し、
勇太の帰りを待っていた帯刀家の面々が、ここが彼の家だと伝えてくれる。
だからもう、見失わない。
疑わない。
自分に向けられるその想いを。
「家族っていつでも手を離せるもののこと」
秀の言葉通り、子どもは親元を離れ、いつしか自らの家庭を築いていく。
その子どもたちも然り。
誰に倣わずとも自ずと知っていくことをああして言われるまで気付けなかった勇太。
手を離しても、そこで関係性が途絶えるわけではなく、
一つ屋根の下で暮らしていなくたって「家族」としていつまでも繋がっていられる。
そう言う大切な事、彼らは勇太にに教えてくれる。
秀と二人だけでも幸せだったかもしれない。
だけど、真弓と、そして帯刀家の面々と出会うことによってより大きな幸せを知ることができた勇太。
よかったね。
「私の消滅」中村文則(文春文庫)
「あなたはここにいていいの。ここにいれば怖いことはなにもないの」
抱きしめて、そんなふうに囁きかけたい。
この世界が、すべての幼い子どもたちが安心して過ごすことができる環境ならいいのに。
だけど、現実はそうじゃない。
「これまで経験することのできなかった、この世界の何かの平穏を」
この一文に抉られる。
「経験することのなかった」ではなく「できなかった」。
涙が零れた。
そして大人は己のしでかした愚かしい行為について、容赦なく断罪されるがいい。
だけど、その行為が意識下で操られたものだったら?
戦慄するしかない。
私は私。
迷いなく言える自分でありたい。
文庫化待ってた!
久々の中村文則作品読了後に深いため息。
感覚的に馴染んだ彼の作り出した世界に浸れる幸せ。
「色悪作家と校正者の多情」菅野彰 (ディアプラス文庫)
亭主関白を地で行くような男だと思っていた大吾が見せた子らしさ。
というか、勝ち目のない相手に戦いを挑む愚行。
それは嫌いじゃない。むしろ好き。
挑んできた大吾を撃沈した瑤子さん、カッコいいなぁ。
大吾の気持ちを勝手に慮って、見当違いな痛みを募らせていく正佑。
自らの想いは言葉にしなければ伝わらない。
初めての恋愛に戸惑う正佑が必死で口にした胸の内。
他人に共感する力が低いと自覚のある大吾が、正佑を理解しようと歩み寄る。
この二人、一緒にいることでちゃんと成長している。
同時に愛情も深まっていっていることが汲み取れるのが嬉しい読後。
私にとってのネズミの国は誰だろう?
問われたら迷わず即答。
一秒だって時間はいらない(笑)
オスカー・フォン・ロイエンタール。
そして氷室上総。
拗らせてると言われても、彼らが私の双璧。
「血涙・下」北方謙三 (PHP文庫)
何のための戦いか?
と、己の中で問いかけながら読み続け、
最重要な局面での、味方のはずの軍からのあんまりな仕打ちに
「またかよ!」とギリギリとした思いを噛みしめる。
なんなの、この理不尽。
使い捨てられるとわかっていながらも
全力で戦いに挑んだ楊家の者たちが痛々しい。
これが「国家」という柵に縛られるということ。
やりきれない。
国の在り様を真摯に論じる次世代を担う若者たちの姿が唯一の救い。
二人の偉大な父を持った彼の苦悩と再生が
個人的にはクライマックス。
誰も彼もが結局は父の遺志に殉じた。
滅びの美学。
そんなものはいらない。
生きて欲しかった。
個人的には白き英雄を見送ったところで「完」で良かったわ。
ああ、でもそうすると副題が『新楊家将』ではなくなってしまうかしら?
楊家の男たちの死が理不尽すぎて、憤りとやるせなさしかない。
この作品で北方登録数100冊!
記念すべき節目(?)の作品で何故か憤っている私(^^;
